「韓非子」[第二冊]の感想

前書き
「韓非子」[第二冊]は、早く知り早く行動する、適切に判断することの大切さが書かれているように思えます。

兆し
喩老第二十一(七)に、小を見るを明と曰う (「老子」第五十二章の言葉)
(微小なものを見抜くことを明という)
と書かれています。
喩老第二十一(五)にも、有形の類は、大は必ず小より起こる。(略)天下の難事は必ず、易より作(お)こり、天下の大事は必ず、細より作こる。是を以って物を制せんと欲する者は其の細に於(お)いてするなり。難を其の易に図り、大をその細に為す。
(形あるものは大きいものは必ず小さいものから起こる。天下の難事は必ず易しいことより起こり、天下の大事は必ず微細なことより起こる。だから、物ごとを制しようと思う者はそれが微細なうちにするべきである。難しいことはそれが易しいうちに図り、大きいことをその微細なうちに行う。)
と書かれています。
また、説林下第二十三(二十一)にも、物の機は靡(び)す所きに非ず
(ものごとの兆(きざ)しには、ゆっくりしてはいけない。)
と書かれています。
しかし、解老第二十(一)には、物に先んじて動くを、これ前識(ぜんしき)と謂う。前識とは、縁(よ)る無くして妄(みだ)りに意度(いたく)するなり。前識者は、(略)愚の首なり。
(物事がはっきりする前に判断することを前識という。前識とは、根拠なくむやみにおしはかって考えることである。前識者は、愚かしさの始まりである。)
と書かれています。早く知ることは大切ですが、物事がはっきりする前に判断することはよくないと考えているようです。実際に見てわかることは見て判断すべきであり、見るには時間がかかること、今は見ることができないことを兆しから判断するようです。だから兆しの正確さが求められそうです。兆しの情報を早く精度よく必要なだけ得ることが大切なようです。また、情報に対する感度を普段から良くする必要がありそうです。正しい判断ができるまで判断してはいけないが、正しい判断ができたらすぐに行動しなければいけないというのはとても難しそうです。

最悪を避ける
内儲説上七術第三十(十二)には、講ずるも亦(ま)た悔い、講ぜざるも亦た悔いん。(略)為(若)し我れ悔いなば、寧(むし)ろ三城を亡(うしな)いて悔ゆとも、危うくして乃(すなわ)ち悔ゆること無からん。
(講和をされても後悔され、講和をされなくても後悔されるでしょう。もしわしが後悔するなら、三つの都城を失って後悔する方が、危険になってそこで後悔するよりましだ。)
と書かれています。どちらを選んでも損失がある可能性がある場合は最悪の事態を避けるような選択がふさわしいようです。利益の多さよりも損失の危険度を重視しているようです。

家臣の権力
内儲説下六微第三十一(六)には、参疑の勢は、乱の由(よ)りて生ずる所なり。
(家臣が君主と同等にふるまう情勢は、内乱が起きる原因である。)
と書かれています。
また、内儲説下六微第三十一(九)には、大臣は貴重、主に敵して事を争い、外に市して党を樹(た)て、下(しも)は国法を乱り、上(かみ)は以て主を劫(おびや)かす。而して国の危うからざる者は、未だ嘗て有らざるなり。(略)乃ち三卿を誅す。
(大臣の地位が高く権力が大きく、主君に対抗して物事を争議し、外国と取り引きをして党派を組み、下では国法を乱し上では主君を脅かす。それで国が危うくないことは、あったことがない。そこで三人の大臣を誅殺した。)
と書かれています。君主の権力に家臣の権力が及ぶようなことはあってはならず、そういう状況にならないようにして、もしなってしまったら早く対処しなければいけないと考えているようです。ただし、理由なく誅したら他の家臣の不信を買ってしまうので誅する大義名分がいると考えているようです。

その他
他には人を見る目の重要性が書かれていました。自分が相手から信用されているか、相手が信用できる人か、相手が何を考えているかを知ることが重要で、これができないと命に関わることもあるようです。この本を読んで、情勢、他人の内心に対する感受性の強さの重要性がよくわかりました。

参考文献 「韓非子」[第二冊] 金谷 治訳注 岩波文庫