ニーチェ「道徳の系譜」

「道徳の系譜」の構成
「道徳の系譜」は、一.「善と悪」・「よいとわるい」、二.「負い目」・「良心の疚(やま)しさ」・その他、三.禁欲主義的理想は何を意味するか、の3つの論文から構成されています。「道徳の系譜」の扉裏によると、「道徳の系譜」は「善悪の彼岸」の補足、解説のために書かれたそうです。また、結論は次の通りだそうです。

「善と悪」・・・「善」は下位の人々の行為、「悪」は高位の人々の行為
「よいとわるい」・・・「よい」は高位の人々の行為、「わるい」は下位の人々の行為
「負い目(Schuld シュールト)」・・・「負債(Schulden シュールデン)」
「良心の疚しさ」・・・敵意などの本能が所有者の方へ向きを変えること
禁欲主義的理想は何を意味するか・・・苦しみの無意義から脱がれること

「よい」と「わるい」の起源
高貴、高位な人々が、自分達の行為を「よい」と感じ、低級、下位な人々の行為を「わるい」と感じたことが「よい」と「わるい」の起源だそうです。「よいとわるい」と「善と悪」の対立した価値は幾千年地上で戦ってきたそうです。17、18世紀のフランスにおける貴族主義が崩壊し、「善と悪」の価値が優位になったようです。

ニーチェが「道徳の系譜」を書いた動機
解説によると「道徳の系譜」を書く動機はスイスの文芸批評家ヴィトマンが「ブント」誌上に載せた「ニーチェの危険な書」という見出しの評論のようです。推測すると、ニーチェのイエス像が批判の対象だったようです。ニーチェは「この人を見よ」で次のように反論しています。
「書物を含めてあらゆる物事からは、誰にしても、自分がすでに知っている以上を聴き出すことは出来ない」
と。「善」とは非利己的行為、「悪」とは利己的行為を指すのでしょうか。多くの人々にとって道徳の文字があるだけですでにすべてわかっている、語るまでもないと考えます。しかし、ニーチェは、道徳は真面目に扱ってこれほど酬いられる事柄は決してない、と書いています。酬いの一つは道徳を楽しく扱うことが許される、と書いています。道徳はどこか暗い印象があるけれども、それはニーチェから見ると道徳を十分に学んでいないと言えるようです。「善と悪」は《反感》をもった人間が構想した概念で、「良心の疚しさ」を発明したのも《反感》をもった人だそうです。また、否定こそ《反感》をもった人にとって創造的行為だそうです。否定が根底にあるので暗い感じがしてしまうようです。

「負い目」の起源
ニーチェによると、「負い目(Schuld シュールト)」という道徳上の主要概念が「負債(Schulden シュールデン)」という物質的概念に由来するそうです。債務者は信用のために自分が「占有する」何物かを抵当に入れた。この不安が「負い目」の起源のようです。

「良心の疚しさ」の起源
また、人間には内に敵意などの本能があり、これが外へ向けて放出されないと、その所有者の方へ向きを変える。これが「良心の疚しさ」の起源だそうです。

禁欲主義的理想が人々に受け入れられた理由
またニーチェによると、禁欲主義的理想が考え出される前は、人間は何の意義も有しなかったそうです。苦しみの無意義から脱がれるために禁欲主義的理想を受け入れたようです。しかし、禁欲主義的とは無を欲することであります。ニーチェによると、人間は何も欲しないよりは無を欲した、というようなことのようです。

まとめ
ニーチェによると、今の善と悪は最初からあった価値観ではなく、貴族主義の崩壊と共に優位になった価値観のようです。負い目、良心の疚しさなどの道徳上の概念は、債務法が発祥だそうです。また、禁欲主義が人々に受け入れたのは他に苦しみに意義を持たせる方法がなかったためだそうです。

参考文献
「道徳の系譜」ニーチェ著 木場深定訳 岩波文庫