マキアヴェリ「政略論」第一巻

政略論について
 政略論には、古代ローマなどを例に挙げながら、君主がとるべき行動や国家を維持する方法などが書かれています。マキアヴェリは風習、名誉などに囚われることなく、国家、権力、生命を維持する方法について書いているので、一貫性があって理解しやすいように思われます。

国家を長期に存続させるには
 マキアヴェリは国家を長期に存続させるためには、民衆政を君主政、貴族政にとけこませる必要があると考えているようです。ローマの場合、それらは護民官、執政官、元老院であったそうです。一般的には、君主がいるのが君主制、君主がいないのが共和制と定義されているようですが、マキアヴェリは実権を握っている階級によって民衆政、君主政、貴族政と呼んでいるように思われます。同様に、実権を握っている階級が君主であれば君主政、君主でなければ共和政と呼んでいるように思われます。民衆、君主、貴族が牽制し合うことが国家を長期に存続させるために必要ということなのでしょう。

共和国の統治の理想
 また、みごとに統治されている共和国においては、国庫は豊かであって、市民は貧しくなければならないと書かれています。ここで貧しいとは持つ農地が少ないことのようです。農地法によって、規定の土地より以上のものを所有することができないようにしていたそうです。市民が貧しくというより必要以上に金持ちにさせないということなのでしょう。

天然の要害を持つ国家の戦い方
 また、長期間存続するような国家をつくろうとするなら、スパルタやヴェネツィアのように天然の要害の地を選んで国家を建て防備をかためるべきと書かれています。そして、そのような国が強力な敵国から攻撃にさらされたときは、要路や山によって戦いを交えようとするのではなく、ひろびろした場所で、敵の進軍を待ちうけるべきと書かれています。要路を確保したところで、完全には全体の交通を遮断できないからだそうです。マキアヴェリはトラシメヌス湖畔の戦いを例に挙げているので敵の戦力を2倍程度として想定しているのでしょうか。それだけ要路を押さえて戦えるような地形はあまりないということなのでしょう。自国の内部にまだ多くの戦力がいる場合は、要路を押さえるのではなく自軍が戦いやすいように自軍を展開して戦術で勝負するべきということでしょうか。マキアヴェリは、全力をふりしぼらずに全運命を賭けるようなことがあってはならないと言っています。地形の有利さよりも戦力を最大限に活かすことを重視したのでしょう。

非常の事態での時間稼ぎの重要性
 また、国家のなかで、または外部から非常の事態がもちあがり、それがだれの目にもはっきり脅威と映ずるほど大きいばあい、時間をかせぐほうが確実と書かれています。例として手腕のあるカエサルを排斥しようとしてかえって共和国の破滅を早めることになったことが挙げられています。ハンニバルがイタリアを侵略していた時、ファビウスがハンニバルとの対決を避け時間稼ぎをしたことなどもこの例なのでしょう。しかし、マキアヴェリは、危険を未然にその萌芽のうちに見つけて、これをつみとることは至難のわざと言っています。時間稼ぎをしているうちに脅威が小さくなったり、なくなったりすることに期待するということでしょう。

腐敗した国家の対処
 また、マキアヴェリは、腐敗した国家にあたっては、自由な共和政体を維持するということは難しいと言っています。このような時は君主政体を導入して、国王の権力で人民を従わせるのがよいと言っています。法律に従わない人民も国王の言うことには従うからだそうです。

遠征した将軍の取るべき方法
 また、マキアヴェリは、君主国で将軍が恩を仇で返されないことの難しさについて書いています。将軍が遠征して成功してもその成果を将軍から奪い取らないと君主に利益になりません。だから、将軍は、勝利を得たら、すぐさま戦列を離脱して、主君の身近に身を置き、主君が自分にいささかの疑惑もさしはさむことのないようにするか、戦争によって勝ち得た物いっさいを自分自身の手元に確保するかする必要があると言っています。

君主と貴族と民衆のいずれに政治を任せるべきか
 そして、マキアヴェリは、君主も貴族も民衆も単独で政治を任せるにはふさわしくないと考えているようです。卑屈な奴隷かさもなければ傲慢な主人か、これぞ民衆の本質であると言っています。貴族は抑制しないと民衆は奴隷の境遇に落とされると言っています。君主とはいかなる制約にも服さずにいられる連中であり、そのような権力が存在すれば国家の安泰は保証できないと言っています。それでもこの中のどれかに政治を任せるとしたら民衆がふさわしいとマキアヴェリは考えているようです。人民は事物を概括的に把握しようとするときに誤りを犯しやすいものであり、逆に個々の具体例に即して考えをすすめていきさえすれば、誤りを犯すはずもないと書かれています。大まかに見ると特定の人の行動により事態が悪化してしまったと思われることも、個々の事物を実体に即して理解すると国家の危機の収束の難しさや時代が原因であることなどがわかるそうです。物事をなんとなく理解して考えるのではなく、一つずつ正確に理解してそれらを全体として考えることが、正しい判断には重要ということなのだと思います。マキアヴェリが、民衆を個々としてはあまり評価していないけれども、全体としては評価しているところが面白いと思いました。

参考文献
マキアヴェリ「政略論」 永井三明訳